お墓の前で

先日、若くして亡くなったご主人の四十九日にお墓への埋骨がありました。奥さんやお母さんはまだ悲しみ深く、目頭を押さえながらの埋骨でした。親族もたくさんでした。その作業中、少し離れた所で、一部の親族男性が「あの世なんか、無いやろ。有名人でも葬式せえへんてテレビで言うとるわ。わしも葬式や戒名もいらんわ」と結構大きな声で雑談。

私は、出来るだけおだやかに『私自身は、教えや自分の体験から〈霊魂の存在〉と〈読経の功徳〉について確信、信念を持っています。ですから、この場では静かに個人の冥福を祈ってください』とお伝えしてから読経を始めました。私はあの世の存在を実感を持って語れることが、葬儀、法要、供養を行う僧侶の土台だと思っています。

「人は、相手の言葉ではなく心を聞く」のとおり、最愛の肉親の死を前にしたご遺族にとって、私の心が試されると思っています。

本堂葬
 

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