本堂があること


2011年5月、大阪府派遣カウンセラーとして岩手県釜石市の小学校に滞在しました。目の前で両親が流された小1の男の子も今年の春高校生になる年齢です。大事なものや好きなもの一切が流され失った時、何が残るのでしょう?

生きてこそ、命が続き、営みが受け継がれます。

先日、未来の住職塾の研修で、熊本県のお坊さんが、こう言っておられました。「想像してみてください、お寺の本堂、庫裏(くり・住まい)が全壊した様子を」と。

そのお坊さんは、前を向いて「祈りの場」づくりに励んでおられます。

今朝の本堂では、「あることの当たり前さ」を忘れない様に「あることのありがたさ」に強く感謝しながら、お勤めしました。

本堂 最終

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