法華寺は10の施設で構成されています。
拝観には費用はかかりません。

法華寺境内地図
御霊水(ごれいすい)

御霊水(ごれいすい)

庫裏の東に、ご霊水の水槽があります。
天保3年(1832)、20代本隆院日貫上人によって設置されました。
室町時代以降、水原堂の湧き出し口から、竹筒を割った筧(かけい)で引き下ろしていましたので、當寺は「筧霊蹟(かけいれいせき)」と呼ばれています。
現在は地中管を使用しています。
580年間、こんこんと湧き出るご霊水は、上水道が引かれるまで、北加納村の人々の大切な飲料生活水として使われていました。

當山は、室町時代中頃(1439年)からのご霊水が湧いています。
南北朝の戦いの後、その慰霊に来られた日隆大聖人が、日照りの村を救うために、山中に分け入り、祈念して湧出させたご霊水です。
甘く柔らかいと評判ですが、どなたでもご自由に汲むことができます。
檀信徒さんからは、「結石が出ました」「皮膚の病が治りました」「心臓の病が良くなりました」などの声も聞かれます。
住職は毎朝、ご霊水を飲んだ人の健康増進、病気平癒をお祈りしています。

水原堂(みずもとどう)

本堂東100メートルの山中にあります。
お堂の前に、ご霊水の湧き出し口があります。

水原堂(みずもとどう)
山門(さんもん)

山門(さんもん)

参道石垣を右へ進むと、石段の上に山門があります。
寛文5年(1665)年の建立で、現存する堂宇の中で最も古いものです。

本堂(ほんどう)

明治36年に失火により焼失しましたが、事圓院日行上人により明治44年に再建されました。
本堂内には、江戸時代の石川藩領主 播磨守石川総長公の位牌が祀られています。
平成25年(2015年)回廊修築、及び位牌堂が増築されました。

本堂(ほんどう)
客殿(きゃくでん)

客殿(きゃくでん)

檀信徒の方の休憩どころです。法要の際の食事などに利用いただいてます。
風の通りが良く、南側から河内平野が一望できます。
天保7年(1836年)建立でしたが、昭和63年(1988年)に新築再建されました。

庫裏(くり)

お寺の建物の中、住職が居住する建物を庫裏(くり)と言います。
元文2年(1737年)建立の庫裏は、平成16年(2004年)新築再建されました。
法要時には、参拝受付、粗供養の準備などを行っています。

題目塔(だいもくとう)

題目塔(だいもくとう)

題目塔 は「南無妙法蓮華経」と刻まれた鎮魂を目的とする供養塔です。

境内墓の一角に、開基日隆上人の直筆題目塔があります。
580年の間、法華寺のお題目の根源として、お祀りされてきました。

左側には、日隆上人の叔父、斯波義盛公夫妻(宗妙・妙心)の墓が残っています。

納骨塔(のうこつどう)

永代供養または、ご納骨の場合、一定期間、本堂内でお祀りした後、境内墓東側の納骨塔に収められます。

納骨塔(のうこつどう)
番神堂(ばんしんどう)

番神堂(ばんしんどう)

奈良~室町時代にかけて神と仏を併せてお祀りする神仏習合の考え方がひろがりました。
お寺の中に鳥居があるのもその流れです。當寺の番神堂には、毎日の守護神「三十番神」・太陽、月、星を祀る「三光天子」・法華経信者を守護する「鬼子母神」をお祀りしています。

報国忠魂塔(ほうこくちゅうこうとう)

焼失本堂再建に取り組む中、28代事圓院日行上人により、護国の英霊をお祀りするために明治42年5月建碑されました。
以後、白木地区全体の英霊慰霊祭が、この忠魂塔の前で4月の開山忌法要に合わせて執り行われていました。
大東亜戦争終戦50年を節目に、本堂内に護国英霊の位牌を開眼し、本堂内で回向供養をしています。

報国忠魂塔(ほうこくちゅうこうとう)